2026年2月15日、東京競馬場。
そこは魂の重量を背負った戦士たちが集う、重力という名の檻。第60回共同通信杯GⅢ。
選ばれし3歳の若駒たちがゲートに収まる時、府中にはミノフスキー粒子……ではなく、独特の緊張感が散布されていた。
1番人気を背負う、8番ラヴェニュー(牡3)。
その精神(なか)には、木星帰りの男、パプテマス・シロッコの魂が宿っている。
彼はゲートの中で、優雅に鼻を鳴らした。
「おい8番、ゲート内でイキるなよ。狭いんだよ」
隣の枠、9番サトノヴァンクル(牡3)が呆れたように嘶く。
「俗物が。私のオーラが枠を圧迫しているとでも言うのか? 貴様のような脇役は、私の背中を眺めていればいい」
「はあ? 何言ってんだこいつ。お前、スタート苦手だって噂だぞ」
「戯言を。私は常に歴史の立会人……っ!?」
ガシャン!! ゲートが開いた。
「遅い! ゲートが開くのが私より遅いぞ!!」
(くっ、出遅れたか! いや、私が遅れたのではない、世界が私に追いついていないだけだ!)ラヴェニューは案の定、後手を踏んだ。中団後方、馬群の壁に包まれる。
彼の計算は、開始1秒で狂いが生じていた。
一方で、好スタートを切ったのは5枠の黄色い帽子。
5番リアライズシリウス(牡3)。内なる魂は、白い悪魔アムロ・レイ。
彼は首を下げ、風を切る。しかし、その内側から赤い……いや、赤い枠(3枠)の影が迫る。
3番ガリレア(牡3)。魂はスレッガ・ロウ。彼はニヒルに笑いながら、強引にハナを叩いた。
「へへっ、悲しいけどこれ、逃げなのよね! 先に行かせてもらうぜ、少尉!」
「ガリレアさん! 無茶です、そんなペースで飛ばしたらエンジンの焼き付き(スタミナ切れ)を起こしますよ!」
「構わねえさ! 俺はここで弾幕を張る。後ろの連中を撹乱するのが俺の役目なんでね。あとは任せたぜ!」
「……わかりました。なら僕は、貴方の後ろでデータを取らせてもらう!」
リアライズシリウスは冷静だった。無理に競り合わず、2番手のポジションにスッと収まる。
コーナーワークの巧みさは、まさにニュータイプの閃き。
Battle Phase: Mid-Course《デブ猫競馬》
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1コーナーから2コーナーへ。
馬群は縦長になりつつあるが、ここで奇妙な現象が起きる。逃げるガリレアが、向こう正面に入った途端にペースを落としたのだ。
後方待機策をとっていた、7番ベレシート(牡3)。
橙色の枠に身を包んだ彼の魂は、赤い彗星シャア・アズナブル。彼は冷徹な眼差しで、遥か前方のリアライズシリウスを見据えていた。
「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを。……いや、違う。前のペースが遅すぎるのだ」
「おい7番、ブツブツ言ってないで前詰めろよ。届かねえぞ」
隣を走る馬が怪訝な顔をする。
「ええい、黙っていろ! 私の計算では、ラスト3ハロンで通常の3倍の脚を使えば全て解決する! 戦いは数だよ兄貴……いや、脚だ!」
「は? お前何言ってんの? 馬鹿なの?」
「馬鹿とはなんだ! 私は今、爪の先まで神経を研ぎ澄ませているのだ。貴様のようなオールドタイプには理解できまい!」
ベレシートは動かない。動けないのではない、動かないのだ。彼は「アタマ差」で泣く未来をまだ知らない。
その頃、馬群の中でストレスを爆発させている男がいた。
6番ロブチェン(牡3)。魂はカミーユ・ビダン。彼は中団、4番手付近でイライラと頭を振っていた。
「おい6番、ちょっと寄るなよ危ねえな」
外側の馬が軽く体をぶつけてくる。その瞬間、ロブチェンの精神(センサー)が過剰反応した。
「触るな! 僕の体を気安く触るんじゃない! そんな所から入ってくるから、レースが狭くなるんだ!」
「いや、お前が膨れてきたんだろ! 逆ギレかよ!」
「うるさい! ロブチェンは男の名前だぞ! なんだその目は、僕を馬鹿にしているのか! 修正してやる!」
(落ち着け僕……。ここからいなくなれ……僕の進路を塞ぐ奴は、みんな消えちゃえ!)ロブチェンの殺気が、周囲の馬たちを微妙に怯ませる。
Climax: The Last Straight《デブ猫競馬》
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レースは3コーナーから4コーナーへ。依然としてスローペース。1000m通過は60秒前後。
先行するガリレアとリアライズシリウスは、いわゆる「中だるみ」の恩恵を受け、体力を温存したまま4コーナーを迎えようとしていた。
1番人気のラヴェニューは、まだ中団の後ろでもがいていた。
(動かん……なぜ私の思い通りに動かん! 8枠という外枠がいけなかったのか? いや、私のプレッシャーに周囲が壁を作っているのだ)「おい8番、そろそろ仕掛けないとやばいんじゃねえの?」
近くの馬が嘲笑うように声をかける。
「黙れ俗物! 私はあえて動かないのだ。直線で貴様らを見下ろしながら、優雅に抜き去る。それが王者の戦い方だ」
「でも前、全然止まってないぜ?」
「……なに? 計算外だ。なぜ前の馬はバテない? 重力に魂を引かれていないというのか!?」
4コーナー出口。府中の長い直線が、彼らの前に立ちはだかる。残り525m。ここからが、本当の地獄だ。
先頭を行くガリレアが、最後の力を振り絞る。
「へっ、ここまで保たせたんだ。褒めてくれよな! だが、燃料計が真っ赤だぜ!」
その直後、満を持してリアライズシリウスが動いた。アムロの魂が叫ぶ。
(ここだ! ここから出す! いけ、リアライズシリウス!)「ガリレアさん、どいてください! そこは僕の通る道だ!」
「ちっ、生意気な坊主だぜ! ……だが、悪くない速さだ!」
リアライズシリウスは一瞬で加速した。ラップタイムは11秒3から、驚愕の11秒2へ。
スローからのヨーイドン。究極の瞬発力勝負。
リアライズシリウスが先頭に踊り出る。その背後から、殺気を纏ったロブチェンが突っ込んでくる。
「遊びでやってんじゃないんだよーッ!!」
ロブチェンは馬場の真ん中を切り裂くように伸びる。
「どけ! どけえええ! 僕の走りを邪魔する奴は、みんな沈め!」
「ヒヒーン!(うわ、こいつマジで目が怖い!)」
他馬が恐れをなして道を譲る。ロブチェン、3番手に浮上。
しかし、大外から「赤い彗星」が飛来する。最後方にいたベレシートが、異次元の末脚を繰り出したのだ。
上り3ハロン33秒0。もはや馬ではない。モビルアーマー級の推進力だ。
「リアライズシリウス! 貴様だけは逃がさん!」
「シャアか!? いや、ベレシート!」
残り200m。坂を駆け上がり、リアライズシリウスが粘る。大外からベレシートが強襲。内からはロブチェンが食い下がる。1番人気ラヴェニューもようやくエンジンがかかり、猛追してくるが……。
(おのれ……おのれぇぇ! 私の時代が、始まらずに終わるというのか! 動け、ジ・オ……いやラヴェニュー!)「シロッコ、貴様の理論は机上の空論だ! 現場で汗を流さない者に、勝利の女神は微笑まない!」
リアライズシリウスが心の中で叫びながら、最後のひと踏ん張りを見せる。
(たかがメインカメラ(視界)が砂で汚れただけだ! ゴール板は、心の目で見ればいい!)「まだだ、まだ終わらんよ!」
ベレシートが並びかける。オレンジの馬体が、黄色の馬体に襲いかかる。
「堕ちろ、カミーユ……じゃなくてリアライズシリウス!」
「させるかぁぁぁ!!」
Ending: Beyond the Time《デブ猫競馬》
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二頭の鼻面が並んだ瞬間、世界がスローモーションになった。観客の歓声が遠のく。
アムロとシャア、宿命のライバルが、馬という新たな肉体を得て、府中のゴール板で交錯する。
ゴールイン。電光掲示板に「写真」の文字が灯る。
「……勝ったのか? 私が」
ベレシートが荒い息で問う。
「いいや、僕だ。僕にはわかった。君の踏み込みが、ほんの数センチ浅かったことがね」
リアライズシリウスは確信していた。場内放送が流れる。
『1着、5番リアライズシリウス! 2着、7番ベレシート! その差、アタマ!』
「……またか。また私は、貴様に勝てんというのか!」
ベレシートが悔しさに嘶く。
「へっ、アタマ差かよ。……ま、若さゆえの過ちってやつだな」
ガリレア(7着)が、バテバテになりながらもニヒルに笑って通り過ぎる。
「僕の名前を……ロブチェンを覚えておけ! 次は絶対につぶしてやる!」
ロブチェン(3着、クビ差)が、殺気立った目で二人を睨みつける。
そして、1番人気ラヴェニュー(4着)が、遅れてやってきた。
彼は泥だらけの顔で、しかしプライドだけは保って言い放った。
「……フン。勝ったと思うなよ。私はあえて勝ちを譲ったのだ。……計算が合わなかっただけだ。重力が……重力が私を引っ張ったのだ……」
「負け惜しみは見苦しいぞ、シロッコ」
「なんだと!? 貴様、私の魂の輝きがわからんのか!」
(やれやれ……。勝ったのに、ちっとも平和じゃないな)リアライズシリウスは、検量室へと向かう道すがら、空を見上げた。
府中の空は青く、まるで宇宙(そら)のように広がっていた。
こうして、ニュータイプたちの共同通信杯は幕を閉じた。
彼らの戦いは、皐月賞、そしてダービーへと続いていく。
それが、人の……いや、馬の業というものなのだろう。
(完)